リップヴァンウィンクルの花嫁

 邦画の好き嫌いかなり激しい自分が平日の夜に3時間の邦画をするっと完走するとは思わなかった。良い意味で3時間もあったとは思えない魔力がある。こういう出会いがあると自分の嗅覚を褒めてやりたい気持ちにもなる。
 この映画に行き着いたきっかけは監督脚本の岩井俊二で、続けてCoccoの文字が見えたのが観る動機になった。
 Coccoもとい真白が出てくるまでのつごう一時間は、ぜんぶ観終わった後に思い返してみるとプロローグに過ぎなかったなという気がするけど、流されてばかりの七海にとくべつ苛立ちも退屈せず真白の登場まで漕ぎ着けることができたのはメフィストフェレス綾野剛もとい安室さんのおかげだと思う。むしろ七海が危うければ危ういほど安室さんがどれだけ彼女の人生をめちゃくちゃにしてくれるんだろうというワクワクが勝ってしまった(最悪)。「100万。」っていう安室さん怖かったな……。
 明らかに監視カメラと分かる画角でシーンを入れることによって、観客に先に「後でこの映像を第三者に入手される可能性がある」ことを提示するのが、うまいな〜!と感服した。このヒントがあるからこそ安室さんの「シャワー浴びて時間稼いでください」で背筋が震えるんだよね……。どうでもいいけど、何かのモニタリングドッキリ系のバラエティ番組で綾野剛が自力で監視カメラ勘付いた回が性癖すぎて、綾野剛が監視カメラ外すだけで興奮する身体になってしまったので勘弁してほしいです。
 メタ的にCoccoを知っていることを差し引いても真白の「何か始まる」と思わせる存在感がすごい。役柄の親和性もあるんだろうけど、演技普通にめっちゃ上手いなあ……。
 カラオケのシーン、気が狂うくらい良かった。まさかCoccoユーミンの「何もなかった」を歌うのを、映画のワンシーンとして観れるとは……こういうのあるから前情報を断つのやめられねえんだよな。野田洋次郎カメオ出演も全然知らなかったので「え!?」て声出た。Cocco野田洋次郎が共演することってあるんだ。こういうのがあるから以下略。
 「花とアリス殺人事件」のせいだろうけど、七海がお屋敷に越してきたあたりで「岩井俊二の画だ……」というピークが最高潮になった。コテコテのクラシックメイド服を着るのとか、実写としてはわざとらしい画になるはずなのに、そう感じさせないのは、白昼夢めいた画作りのお陰なんだろうか。都合良く服があるのも後半で「かつて"そういう"スタジオだったから」って種明かしがあるのも良い。
 広いお屋敷に一人で住んでぜんぜん片付けができないのとか真白っぽいんだけど、毒を持つ生き物たちの世話だけはしっかりしてたのが死の予行練習だけ本気っぽい感じ。こわーいとか言ってたのも演技だったのかな。回りくどくてちょっと画の都合という感じもするけど、安っぽいリスカの演出とかよりはよっぽど良い。
 「今日はタコが来たんですよ、毒があるから触っちゃダメですよ」「そう言われたら触りたくなっちゃう」のとこ、もうこのふたりが始まっちゃうかもしれないと思って百合厨はドキドキした……真白が七海の胸に耳を当てて、「どく、どく……」て言うの、シンプルな駄洒落なのに、生と死の両儀的なメタファーとして成立していてセクシーだった。
 ウエディングドレス試着のシーン、女二人にそこまでしてくれるか? とか野暮な気持ちがぜんぶ吹き飛ぶくらい、綺麗で、眩しくて、美しくて、普通にめっちゃ泣いた。本来は有り得ないんだろうなって哀しい諦観も相まって、ずっと夢の中みたいなシーケンスで……前半でクソつまんねえ定番の結婚式をしっかりめにやったことが、ここで対比として効いてくる。馬車道ってのがまた個人的なヘキを突かれる。
 ほんとに結婚しちゃう? でしちゃってもいいかも、みたいな返し方をする七海には、やっぱり流されがちな性分を感じてしまうけど、でも、安室さんの「このことは真白さんに言わないでくださいね」という言付けを破って「仕事として雇わないで、一緒にずっと住みましょう」って七海から言えたことは、大きかったと思うんだよな。引っ越したあとの二人が観たかった……。
 真白はどの時点で安室さんに明日死にますのメッセージを送ったんだろう。見返したらタイムスタンプがついてるかな? 結婚式ごっこをする前から決めていたんだとしたら少し悲しい。でも七海が一緒に住むと言ってくれた時点で、彼女の「幸せを受け取れる限界」は越えていたのかもしれない。「優しさが怖いからお金を払う、お金はそのためにあると思う」って独白はこれからも折に触れて思い出す気がする。七海が毎度けっこうなことを安室さんに頼んでて、多分破格の値段なのに「結構するんですね……」て言ってたのもまた対比だ……。
 直近で履修したペルソナ3もそうなんだけど、「勝ち逃げ」みたいな死はずるいよな……。
 安室さんの「末期がんだったんですよ」まで彼の仕組んだ嘘だったらどうしよう……と震えていたのでお葬式のときレズプレイした同僚が事実を保証してくれて安心した(これすらも安室さんの介入だったら怖いね)。本作が洋画で、七海と真白があのキスからそのまま行為に及んでいたら、七海がしこりに気づいてしまって真白が勝ち逃げできない。
 真白の母親に会うシーン、全裸で焼酎を飲むという荒唐無稽な画と母親の悔恨が、この映画でしか成立しないコンテキストで噛み合っていたので、素直に感動した。安室さんが脱ぎ始めた時は「いやお前も脱ぐんかーい!」と脳内で突っ込んだけど。役者はすごい。
 水割りでもないストレート焼酎をごくごく飲んで「美味しいです!」って言う七海は強かったよ……。

 安室さんのせいで、何を信じていいのか分からなくなる今作だけど、「リップヴァンウィンクルの花嫁」ってタイトルが、安室さんの手の及ばない次元の情報がわたしたちを救ってくれる。
 ほんとこうして思うところを書いてみても、3時間って尺を感じさせない魔力の正体は分からなかったな。不思議な映画。


(蛇足)
 ランバラル、まったく記憶に引っかからないキーワードだったので観終わってから調べたらアムロ・レイを育てた人の名だったので笑った。ガンダム大好きじゃねーか! カムパネルラとかリップヴァンウィンクルの中に違和感なく紛れ込むんじゃないよ。
 あとベタは水槽で飼ってあげて……。