プロジェクト・ヘイル・メアリー

ロッキーが可愛すぎる……。骨太SFみたいな顔しているが、種を越えた友情の話だ。人外萌えの極致だ。

 (初心者向けではないという意味で)硬派なSFに見せかけて、ヒロイックで強運な主人公によってノンストップで漸進していくテンポの良い冒険譚は、なるほど「火星の人」の筆致。本作も既に映像化が決まっているようだけど、待ち合わせに遅刻するグレースにげんこつを構えるロッキーとか、アストロファージ逃しちゃって途方にくれるグレースとか、グレースの上を興味津々に右往左往するロッキーとか既にもう容易に脳裏に浮かんでしまう。

 もっとアポカリプス的な雰囲気を覚悟していたのだけど、いや事実地球は終末というほかない状況に晒されてはいるのだけど、作中で具体的にフォーカスされるのが前日譚と宇宙で奮闘するグレースのようすだから、全体としてさほど陰惨な印象は受けない。南極の氷を核爆弾で溶かす描写は震えたが。すべての皺寄せを受け止めたグレースの胆力があまりにも常人離れしているので(これは火星の人にも言えることだが)途中で多少ハラハラする展開があってもきっと何とかしてくれるはずという前向きなモチベーションで読めてしまう(実際何とかする)。これを書いたのがジェイムズ・ティプトリーだったら、悲劇的な結末を受け止めるために心に保険をかけていただろう。

 良く言えば読み易さを担保したスピーディな展開。悪く言えば少しご都合主義とも言えるのだけど、そこに自覚的な描写があるので(パンスペルミア説とか)物語のための前提として好意的に受け止められる。科学的なエクスキューズもSF初心者でも挫折しない程度のレベルデザインで、論証に妥協せず最後まで読ませるための着地点としては非常にバランスが取れていると思う。

 でも、これは巨大スケールSFじゃなくて愛の物語だろうと思ってしまう。インターステラーに少し近い体験かもしれない。世界観設定に没入した頃に、悠久の果てで繰り広げられる叙情を叩き込まれる物語。

 グレースは地球に帰れなかったのに、曇りなく爽やかな読後感であるのは、ひとえにロッキーとグレースのあいだに育まれた絆のおかげだ。グレースが地球への帰還とロッキーを天秤にかけてロッキーを選んだのは、トロッコ問題的な話とも取れるけれど、いやどう考えたって愛だろう。愛でしかないよこれは。

 グレースはロッキーより長く生きられないけれど、最期のときまでロッキーと過ごしてほしい……